人は、言葉に触れる前から、
身体を通してその人の気配に触れている。
姿勢の形だけではない。
視線の強さでも、
所作の美しさでも、
立ち方の整いでもない。
その人がそこにいる時、
身体にはすでに何かが現れている。
整えられた形の奥に残るもの。
触れ方に滲むもの。
視線の奥に宿るもの。
立ち方の重さとして届くもの。
『身体の内景』は、
佇まいを形づくる「身体」の構造を辿る。
身体は、
内側をそのまま写す鏡ではない。
けれど、
内側にあるものは、
身体を通らずに外へ出ることもない。
何を考え、
何を抱え、
何に触れ、
どこから生き始めたのか。
その人が通ってきたものは、
形の奥に残っている。
身体には、
その人が映る。
佇まいは、
身体に映る。