Notes 05
違和感に気づいたとき、
それを言葉にするかどうかは、
いつも迷う。

説明すれば、
場が崩れるかもしれない。
黙れば、
自分が鈍いふりをしているようにも感じる。

どちらが正しい、という話ではない。
ただ、
違和感を言葉にしないという選択が、
必ずしも回避や諦めではないことを、
ときどき思い出す。

構造が見えてしまうと、
それを壊すことの重さも
同時に見えてしまう。

誰かが悪いわけではない。
その場は、
その場なりに成立している。
多くの人にとっては、
問題なく機能している。

その中で感じた違和感は、
「間違っている」というより、
「合っていない」という
微細なズレに近い。

そのズレを指摘することが、
必ずしも前向きとは限らない。
構造は、
正しさよりも安定を
優先していることが多いからだ。

だから、
何も言わずに距離を取る。
それは逃げではなく、
配置を変えるという選択に
近いのかもしれない。

自分を守るために黙る。
場を壊さないために黙る。
そして、
その場にいる自分を
これ以上削らないために黙る。

違和感を感じ取れることと、
それを表明することは、
別の能力だ。

気づいているからこそ、
今は言わない。
理解しているからこそ、
その場に留まらない。

沈黙は、
無関心ではなく、
判断の保留として
選ばれることがある。

違和感を抱えたまま
静かに身を引いたあの瞬間は、
負けではなく、
自分の位置を
正確に測り直した結果だったのだと思う。



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